国富のバランスシートが大きくなると、インフレ/デフレに振れやすくなるかもしれない

 ※完全に試論です。

 日本の国富のバランスシートを、年別に分析していると興味深いことが分かる。
 作業としては、国富をバランスシートにざっくり落としなおして、インフレまたはデフレが発生したとして、それぞれの価値総額が「モノ」で実質化し直したときに、どのように変わるのかを見た。
 1970年と75年の国富のバランスシートに対して、50%のデフレまたはインフレが発生したとして、その価値の変動を計っても大した変動はない。
 しかし、1980年以降のバランスシートに対して同様の想定で計算をしてみると、変化が出てくる。
 バランスシート中の負債の比率が増加することによって、「貨幣価値の変動」が、「国富の純資産の変動」として現われてくるのだ。インフレ傾向であれば、負債の実質価値が減少するため「モノ」の基準で見直したときに、生産性が変化していないのに、国富の純資産は増加する。

 [負債の増加にともなってインフレ/デフレ感応度が高まっていく] *1

 ・1970年の国富の50%インフレ感応度 -0.35%
 ・1970年の国富の50%デフレ感応度  0.71%
 ・1975年の国富の50%インフレ感応度 -0.21%
 ・1975年の国富の50%デフレ感応度  0.42%
 ・1980年の国富の50%インフレ感応度 4.21%
 ・1980年の国富の50%デフレ感応度  -8.41%
 ・1990年の国富の50%インフレ感応度 7.68%
 ・1990年の国富の50%デフレ感応度  -15.36%
 ・1995年の国富の50%インフレ感応度 7.67%
 ・1995年の国富の50%デフレ感応度 -15.34%
 ・2005年の国富の50%インフレ感応度 10.75%
 ・2005年の国富の50%デフレ感応度  -21.49%
 ・2011年の国富の50%インフレ感応度 2.77%
 ・2011年の国富の50%デフレ感応度  -5.54%
 ・2013年の国富の50%インフレ感応度 7.26%
 ・2013年の国富の50%デフレ感応度  -14.51%

負債が少ないと、デフレでプラスが大きくなる。負債が多いとインフレでプラスが大きくなる。
モデル化してみないといけないけど、いつもプラスでもマイナスでもデフレ側に大きく影響が出る。

インフレ傾向が続けば国のモノに対する所有権は増加する。しかし、この会計上の利得は、デフレに振れた時に地獄を見せることになる。負債が大きい経済で少しでもデフレに触れると、生産性の向上が不断に行われていたとしても、国の富のモノに対する所有権を減少させることになる。上のグラフで参考値として示しているイギリスの際立った負債活用率の高さは要注目。

 国富、あるいは国全体のバランスシート上で負債が果たす役割を検証しないと、生産性の上昇としてカウントされている成長率の実体を捕らえ損なう可能性があるだろう。また、得体の知れないデフレの起源は、まさに積みあがったデッドエクイティである可能性が高い。インフレ/デフレが50%の確率で発生するものだったとしても、上記の結果に従えば必ずこの賭けは負けになることが決まっている。

 貨幣が「モノ」に対して持ちうる価値の非対称性がこの根源的な原因だろう。
 貨幣的に振舞う資産、不動産や株式などの性質も、この不思議な現象の中で大きな役割を演じている。

 貨幣、負債、資産が作りだす、モノの経済に対する影響力が、80年代以降の国家間格差で大きな役割を演じている可能性があるんじゃないかと思っている。
 また負債の果たす役割が経済の中で大きくなると、不動産業(大家業)の利得が大きくなるという現象も見られるのではないかと考えている。

 ケインズが指摘するように企業の長期のプロジェクトが労働や仕入価格を固定するという現象が、「貨幣」の役割を大きくしていくように*2負債にも「長期期待」への重大な影響を持つ役割がある。

 貨幣流通量ではなく負債の総額が大きくなることで、資産の「インフレ/デフレ感応度」が高まる。そうすると、資産の長期価格が、過度にインフレまたはデフレ期待に依存することになる。一個人の保有できる「見込み」資産が生活水準を満たす賃金総額を越えると、社会における投資インセンティブは、生産性の向上ではなく、「インフレ利得」の獲得に傾斜することになる。

 これがバブル形成の端緒となるが、同時にデフレ期待による崩壊への脆弱性が極端に高まる。よって崩壊は不可避だが、そのタイミングは予測不能である。

 「インフレ利得」は、生産性の改善をもたらしているように「見える」が実際には、生産性には変化がない。会計上、そのように見える、ということを基盤として、一国の購買力が向上する。結果的に、他国資産を購買力を生かして取得ができる、ということも、この利得の核心にあるのではないかと推測している。(本当にそうかは分らないけど。)

 「インフレ利得」を維持することで、会計上の購買力の向上を実現しつつ、実質収益を生み出す他国資産を購入し続ける、という支配力の拡大ができるけど、デメリットは極端に大きくて、デフレ圧力が高まりすぎて、やっばり最後は、実質経済成長率は削り取られるということなのではないだろうか。

 また話は逸れるけど、先に書いた「一個人の保有できる「見込み」資産が生活水準を満たす賃金総額を越える」というところがとってもポイントで、なぜ投資家には常に収益性の高い資産が提供され続けるのか?という謎もこれで解けると思っている。と、いうのは、一個人の効用の最適化を果たす富には限界があるのに(たとえば生涯所得平均の二倍とかあればもうそれ以上はいらない、という人は多いのではないか)、資本が生み出す将来収益は簡単に一個人の効用を超えられるからだ。だから、人口成長率が鈍化して、生産性の高い先進国では、容易に個人が保有できる資産が、期待される効用を越えてしまい、そのまま割安価格で譲渡され得る。*3

 そうすると、ますます「資産価格の変化」か、「デフレ期待が継続してレントが取れる」のどちらかが大切になる。この状況で、生産性を高める投資がたくさん出てくるとは思えない。生産性に対する期待収益が高くなる、ということが国富のバランスシートに表現されていなければ、それは実現し得ない。

 それでも「インフレ利得」があれば、3-4%の成長はあり得るはずだし、生産性が何かの拍子に上がるかもしれない。
 だけど、高度経済成長ということはない、と思う・・・。

 もしバランスシートをデフレ/インフレに対してニュートラルにするためには、500兆円程度の固定資産を、海外投資家に売却し現金化して流動資産の比率を高めると、実現できる。

※追記

 負債による貨幣数量の増加は、1貨幣単位当たりの収益性を低下させる。
 だから、インフレよりもデフレ傾向になりやすい。
 一国の生産性が変わらない状態であれば、貨幣が1から2単位になれば、貨幣あたりの収益性は半減することになる。
 だから、期待収益率は、貨幣量の増加に対して下がっていく。
 期待収益率の低下は、「貨幣の保存価値」の増加ではあるので、流動性選好は高まる。

 これは負債が民間側にあるか、政府側にあるかでも変わってくる。

 民間側に負債があると、インフレに利得があるので資産性インフレ(バブル)になるだろう。
 さらに、土地価格などが下がると、負債返済のために消費需要が下がる。デフレ傾向がもともとの感応度の高さから加速する。政府が財政支出により負債を増加させ、公共側に負債があると、単に貨幣量が収益に対して多いので、貨幣の保存価値が高まることになる。政府に負債を押しつけることができるのであれば、デフレ利得を一方的に享受できるから、リスクを取るインセンティブは民間側にはない。(短期的に判断すれば合理的。) 政府が長期プロジェクトを収益を度外視して提供するのであれば、民間はそのプロジェクトの収益を得て、貨幣で保蔵すれば、デフレ傾向での長期利益を最大化することになる。

 貨幣量と負債量のバランスによって、どちらに傾きやすいかが変わる。
 そして、そもそもの負債量の多さがインフレ/デフレへの感応度を高める。たぶん貨幣数量ではなく負債量が貨幣価値のボラティリティを決定している。

 完全に相関しているわけではないが、資産インフレに傾斜している国はインフレ率が下がり、ディスインフレ傾向になる。デフレを決定付けるのは、資産インフレ発生確率に依存していて、資産インフレ発生時では貨幣需要が増加する。なぜなら、資産インフレ時に使用された貨幣は、取得された資産が生産資産である場合に、労働力をひっ迫させるが、資産性資産の場合には、労働力をひっ迫させることはほとんどないからだ。労働力がひっ迫すると貨幣の価値は下がるので、貨幣ではなく実物資産がスパイラル状に必要になっていく。(ここに生産性拡大の秘密もある。)しかし、労働力をひっ迫させないのであれば、貨幣価値は下がらないので、実物資産がそれほど必要にはならないし、労働賃金を長期間固定すれば、生産性の改善も図らずに済んで楽に収益を固定できる。だからインフレにもならない。
 投資資産が、「労働力をひっ迫させるか否か」が決定的に重要で、労働組合組織率の上昇とインフレ期の相関はそこにある。
 資産が労働力を必要としている場合には、労働者の交渉力が上昇する。60年代から70年代に労働者や若者の発言力が強かったのは、投資対象資産が、労働力を必要としていたからだ。

 今後の予定、戦前期からの金融資本の動向を振り返り、戦前の非金融セクターの負債の削減がどのような影響を経済全体に与えたかを考えてみる。

*1:出所: 「数字でみる日本の100年」 p.122-123
[http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/h25/h25_kaku_top.html#c3
:title=2013年度国民経済計算 国民資産・負債残高]

*2:貨幣の本質と機能 原正彦 https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/5924/1/shogakuronso_64_1-2_25.pdf

*3:しかも、それぞれの国の物価水準の差が譲渡を後押しするだろう。先進国に比べればどの国も生活費が安い。ということは資本家の効用はすぐに満たされてしまうので、先進国の投資家に譲渡される。先進国の投資家は生活費が高いので、効用が限界に達するまで保有するので、長期的な複利の作用を強く受けるようになるだろう。逆方向の資産取得が起きにくいのは、資産一個当たりの価格の問題、先進国の方が資産価格が高くて買いづらい、アクセスの問題、金融業が発達しているのが先進国で手数料が取れるのが富裕層だから、があるのではないか。この辺は思いつきなので、あいまい。だけど逆向きに取得する流れがあっても良いはずなのにという疑問はある。