前回までのあらすじ
第1回では、経済の仕組みの中で、市場(交換)というゲームの肝のシステムがたくさん行われることが大事、というアダム・スミスの意見と、そして、ゲーム運営側(政府)がしっかりしてみんながテンションが下がったときに、アイテムを渡したり、お金を配ったりするのがいいのではというのはケインズの意見を経済学の観点として紹介した。だけど、そもそもスコアシステムそのものが暴走していることがあるんじゃないか、ということはあまり言われてこなかったのではという話を書いた。
そして、前回はそもそもバランスシートが暴走することもあるということを仮説として提示し、その危険性を研究し対策を立てることが必要なんではないか、という話を書いた。
それでは何ができるのか
今回は、よりこのバランスシート的な観点を応用して実際に役立つ政策立案につなげられないか考えてみる。記録のためのシステムとしてバランスシートはあるので、これをうまく運用して生産性そのものを上げるというようなことはできない。
できるのは、バランスシートが原因で人々が消極的になり過ぎたり、積極的に駆りたてられ過ぎたりを防ぐ対策は立てられるかもしれない。バランスシートを注視することで、「平熱ではない」経済の状態を判断し、正しい政策と悪い政策を見分けられるようになる、という点が良いところだと思う。
インフレ/デフレが良いことなのか悪いことなのか判断できる
国富のバランスシートが分かると何が良いか? 一点目はインフレ/デフレが良性か悪性なのかの判断ができるようになることだ。
- その国のインフレが「良性か悪性か」判断できるようになる。
- その国のデフレが「良性か悪性か」判断できるようになる。
これによって、今何をすべきかすべきでないかをある程度、事前にシミュレーションできるようになる。たとえば土地の国有化など大きな決定をする前にはバランスシートに与える影響を政府機関は計算して、それが正しい決定なのかを考えるべきだと思う。
(例えば第二回で言及したようなジンバブエの政策とか、第一次世界大戦後のドイツのルール地方の占領とか、大きな影響を与える政策は避けるべきだ。)
国全体のバランスシートがインフレ型なら、以下のようにインフレが起きると(実質化後の)自己資本が毀損する。
そして、国全体のバランスシートがインフレ型ならデフレが起きると以下のように自己資本はプラスになる。きっと、ハイパーインフレが起きている国でしばしば通貨供給を絞ることが良い効果をもたらすのは、このバランスシート効果もあるのではないか。
もし、デフレ型なら以下のようにインフレが起きると、自己資本は先ほどとは反対になってプラスになる。これは負債の価値が減少するから起きることだ。
一方で、デフレ型のバランスシートでデフレが起きると(くどいようだけど全て実質化後の)自己資本は毀損する。
だから、今の国全体のバランスシートがどうなっているかを見ることで、政策担当者は「今のデフレは良性か悪性か」という議論をする必要はない。ただ単にバランスシートが機械的に反応するので、その影響をどう防いだり伸ばしたりするかを検討すれば良くなる。
インフレ/デフレから脱出する方法を検討できる
もう一つは、インフレやデフレから脱出するときにどのようにして脱出するのか正しい政策を導きやすくなるのではないかということだ。インフレに関してはほぼ異論がなくて、通貨の供給を減らす、ということに尽きると思う。
だけど、いまだに良く分からないのはデフレだ。そもそも、何で、デフレ型バランスシートになるとデフレ気味に経済が傾くのか。
モノが足りないインフレ型の経済では、モノを買いたいから貨幣の価値よりモノの価値が高くなる。貨幣が多いのに、貨幣の価値が下がるから経済の自己資本も毀損して、ますます苦しくなる。
モノが多くて貨幣が足りないデフレ型の経済では、モノよりも貨幣の価値が高くなる。モノが多いのに、モノの価値が下がるから経済の自己資本も毀損して、ますます苦しくなる。
仮に、日本のようなデフレ経済に貨幣を注入したらどうなるだろうか。
恐らく株式・土地の購入に回るだろう。これでは、バランスシートの形は変わらない、現預金は増加しなくて、ただ資産側に長期資金が固定されていくだけで、現金が欲しいと思っている人々はずっとニーズを満たされないままだ。そして、相変わらずモノは買われないから、デフレ傾向は変わらない。
しかも、株式・土地に変換されてしまうと、そういうインフレ耐性資産はデフレが進むと逆に毀損する。だから、この状況では、どんどんデフレが進みながら株式・土地の価値は下がり自己資本が減るのでますます価格は下がり、デフレから脱することはできないように見える。
だけど、株式・土地の代わりに、すべての人がすべての手持ちの現金を退蔵するか預金することを選んだらどうなるか。バランスシートの上で十分に現預金が増えれば、あるポイントを超えたときにデフレが自己資本をプラスに持っていくインフレ型のバランスシートに変化する。そこまでバランスシートが変化していればデフレがいくら進んでも問題はなくなる。むしろ自己資本が増加し続けて景気がどんどん良くなるだろう。デフレで得られた利得の一部は、消費に回るようになりむしろ、インフレによるマイナスが心配されるようになるだろう。
だから、「良いデフレ」が起きるように政策を誘導することが奇策として残されてるかもれしない。この政策では、必ずしも貨幣退蔵を妨げない。というか、むしろ貨幣退蔵と預金増加を誘導する。
人々が現金を保有したいと思い過ぎて、投資を全然したくない、のであればそれを妨げず促進するように誘導してしまう。同時に景気後退を防ぐための公共支出は削減しない。ただし、固定資産を増やす「公共事業」ではなくて現金給付を増やすサービス業(介護・保育等)に十分に支出する。現金を保有したい層に向けてお金の流れを確立すれば必ずバランスシートはデフレ/インフレに対して中立な地点に到達する。その時点でも現金欲求が人々の間で強いようなら、さらにそれを妨げない。そのまま現金が積みあがると、インフレ型バランスシートになってインフレ脆弱性は高まるが、デフレに対してはプラスのバランスシートになる、現金が積まれるほどにデフレによる利得は高まる。自己資本はデフレが進むとどんどん増加する。だから人々の間で現金保有はプラスになり、現金が減少するという懸念が十分に払拭されれば支出も増え生産活動も増加する。
ただしこのプロセスでは、株式や土地のバブルもそれほど促進しないことが大切になるだろう。もし、株式・土地バブルが起きる方向に誘導しすぎると、バランスシートの現金以外の部分が厚くなって、結局デフレ型バランスシートに戻ってしまい、デフレ脆弱性が高まり、中立なバランスシートにたどり着かない。
以下のような政策がとれるかも
- 国民や企業が現預金を貯めこむことに対してポジティブであることを政府・日銀が宣言
- バランスシートの上でどれくらいまで現預金を貯めこむことがデフレ中立であるか目標値を宣言
- 現預金増加の途中経過で過度にはバブル方向に金融緩和しないことを宣言(これは今回の日銀政策会合で半ば宣言されているかも)
- 政府は固定資本を増加させる公共事業ではなく介護・保育などのサービス事業支出するように政策上注力する(現預金の流通量を増やしていくため)
- 海外資本に対して市場をさらに開き、不動産や株式を海外資本に売却して現預金に変えていく
これによって500兆円規模で現預金を増加させ、固定資産や株式の価値を500兆円規模で減少させることで、国富のバランスシートはデフレに対して中立的となる。そうなれば、デフレが進行しても日本が国全体で持っている負債よりも現金の価値増加幅が大きいので国富(実質化後)で債務超過になることなく運用できるようになるだろう。だから、日本が国全体として破綻するかも(政府が、ではないけど)というリスク、少なくともデフレで破綻するリスクに関してはなくなる。*1
*1:ただし、名目でどうなるか、を検証してみた方が良いと思う。