「簿記と会計の再発明」 のための基礎を考える(2) ヘリコプターマネーを一人1000万円配るレベルでやってみると

 前回までのあらすじ

 なかなか話が核心に進まない感じがするけど、前回に引き続いて、バランスシートの再発明にどんな意味があるのかを考える。エクセルで出来るヘリコプターマネーシミュレーションも付いてます。一人500万円くらいでデフレが止まり、大体1000~1600万円くらい国民に配ると、さすがにたぶんインフレ気味になると思う。(シミュレーションで使ったデータ 国富バランスシート_エクセルデータ20160919)

 

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 前回の話をまとめると、経済の仕組みの中で、市場(交換)というゲームの肝のシステムがたくさん行われることが大事、というのはアダム・スミスが指摘した。そして、運営がしっかりしてみんながテンションが下がったときに、アイテムを渡したり、お金を配ったりするのがいいのではというのはケインズが指摘した。

 でも、そもそもスコアシステムそのものが暴走していることがあるんじゃないか、ということはあまり言われてこなかった、というのが前回のあらすじです。

 

 ゲームのバランスシートはなんで暴走しないのか

 ゲームのスコアシステムであれば、スコアが暴走するということは考えにくい。例えばモノポリーであれば、一律の持ち金でスタートとして、ゲーム内銀行から供給されるマネーで投資を続けて、プレイヤー間でゼロサムゲームをするだけだ。モノポリーのシステムが暴走しないのは以下の理由による。

 1)リセットされる。モノポリーでは1ゲーム毎にリセットされて、資産が一律に戻る。これは現実世界ではあり得ないスゴイ設定だ。

 2)価格が固定されている。ゲーム内銀行が実際にはインフレーションをもたらしているはずだけど、土地価格や建物価格は固定制になっており、インフレに応じて上昇したりしない。これによって、ゲームプレイヤーの純資産は全体としてプラス方向にしか遷移しない。だから、モノポリーの銀行はハイパーインフレをもたらさない。*1

 3)モノポリーのスコアシステムは貨幣変化(や、その他のゲーム内の価値変化)に対して中立である。上記によって、モノポリーのスコアシステムはゲーム内部の変化に対して絶対的で中立的だ。モノポリーの500$紙幣はいつまでも500$紙幣で、その価値が下がっていくことも上がっていくこともない。500$で買える土地も建物も変化しない。ゲームを永遠に続けて、毎週200$のサラリーが積みあがって各プレイヤーが天文学的な資産を抱えても、それぞれの紙幣の価値は一切変わらない。

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  現実のバランスシートは、以下の理由によって暴走する可能性にさらされている。

 1)リセットできない。プレイヤーは、それぞれのアクションによって得られたスコアを死後まで引き継ぐことが可能。だから、相続税などで平準化を図ろうとして運営が介入する。

 2)価格が固定されていない。金本位制をしいても、共産主義政府が価格を固定しても、本質的に価格を固定することができない。需要にも供給にも限界や変動があるので、プレイヤーの交渉力が変わる。商品であろうと通貨であろうと、本質的にどんな政府の基でも価格は固定されていない。

 3)バランスシートは貨幣価値の変化に対して中立ではない。2)の要因によって、そもそもバランスシートはスコアとしての中立制はない。バランスシート全体の価値が一定である、ということもないし、バランスシートの一部である貨幣の価値が一定であるということもない。これは何を基準点として持っても変わらない、仮に「金」を基準として持っても金の供給量によって左右されるし、仮に全世界の生産力を裏付けに持つことが出来たとしても、生産力そのものは消費者の数と質によって変化するので一定ではない。

 

 バランスシートをエクセルで暴走させてみよう

 具体的にバランスシートをどのようにして暴走させられるのかを考えてみたい。

 データは以下のものを使っている、参照先は文中につけている。もし、自分でも色んな暴走パターンをシミュレーションしたいという人がいれば以下のデータで試してみることができる。(是非間違いがあれば教えてほしいです。これで正しいのか自分でも良くわからないので。)

  ※エクセル元データ 国富バランスシート_エクセルデータ20160919

 以下はぼくの仮説。一国の国富のバランスシートの中での、貨幣の価値はいつも、他の資産に対して相対的に決まっているのではないか。

 インフレ型のバランスシートになっている国では、貨幣が多すぎる。

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  そして、デフレ型のバランスシートになっている国では、貨幣が少なすぎる。

 

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  実際に、日本の国富のバランスシートを見てみよう。日本のバランスシートは、デフレ型で、もし日本円ベースで75%もデフレが進むと考えると、自己資本が実質化(デフレ後のバランスシートを「モノ」ベースで実質的な価値に還元した)後で-41.31%減少することが分かる。

 逆にインフレが75%進むと、自己資本は実質化された後に+10.33%増加することになる。

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 ※データ出典  2014年度国民経済計算(2005年基準・93SNA) - 内閣府

 ※エクセル元データ 国富バランスシート_エクセルデータ20160919

 日本のバランスシートではデフレが進むと負債の価値が増加するにつれて相対的に固定資産などの「モノ」の価値が低下するので、何もしていないのに国としての富が実質的に減少するという悲劇が起きる。

 反対にインフレが起きると、何もしていないのに負債の価値が実質的に低下して富が増えるという現象が起きる。

 これを日本以外の国でも同様に見てみるとさらに興味深い。

 

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 ※データ出典 Financial position of the United States - Wikipedia, the free encyclopedia 以下から、現金比率を米国市場の時価総額から推計しているため現金比率のデータは正確なものでないことに注意(米国家計内訳も用いている) 世界の株式市場、連動性高まる-海外保有比率の上昇で - WSJ

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 ※データ出典 [ARCHIVED CONTENT] UK Government Web Archive – The National Archives

 データは日本の基準と異なるため単純な比較が許されない可能性に注意が必要だが*2、日本と比較すると、極端なまでのデフレ脆弱性が米英のバランスシートにはある。それは、資産と負債とが金融資産で激しく水膨れしているから起きているのだ。国全体でめっちゃくちゃにレバレッジをかけていると考えられる。

 これによって、もしデフレになると米英は深刻な景気後退に見舞われると思うけど、一方では、ちょっとしたインフレで実質的に自己資本が上昇しているように見えることが大きなメリットだ。

 仮に、デフレと株安による世界大恐慌が再来するなら、アメリカとイギリスの二つを震源地にして起きることが予測できそうだし、そうなりそうだから必死で金融政策に取り組んでいるのだろう。*3

 さて、さらにこのバランスシートに意図的な細工をしてみるとどうなるか。

 

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 日本政府か日本の民間企業や個人がもっと借金を背負って、たくさん資産を買いまくったらどうなるだろうか。約1500兆円借金を増やして資産も同じくらい増やすと、ようやく米英型のバランスシートになる。これが今、日銀や政府が目指している姿だと思うけど、バブルを発生させながら高水準の金融資産を維持して、インフレでバランスシートの利益を出し続ける。

 ただ、この形まで持っていくまでにまだ1500兆円借金しなくては届かないのだ。

 さらに、もっと過激な政策を入れ込んでみる。話題のヘリマネ実施パターンだ。

f:id:oror:20160919220123p:plain 日本の固定資産を大胆に売り払い620兆円を現金化、さらに政府が国民に1000兆円を現金で今すぐ給付することを決定したらどうなるか。ちなみに一人当たりでいうと現金約1000万円くらいになる。

 ここまでやると、バランスシートの構成が完全にインフレ型になる。インフレ型になると今までとは逆にインフレが75%進むと国富の自己資本は実質ベースで-21.76%減ることになり、デフレ75%進むと、国富の自己資本は実質ベースで+87.03%になる。

 ちなみに、500兆円、つまり一人当たり500万円の現金をただバラまくだけだと、インフレ/デフレの影響を受けにくい均衡に近いバランスシートになるのでとりあえずデフレが止まるのではないか。

 どこが閾値なのかは微妙だけど、上記のようなバランスシートになると現金の方が余っているため物価が上昇し、賃金が上昇し、物価がさらに上昇というインフレスパイラルが始まると思う。ただ、この場合は、インフレになると国富が実質ベースで下がるので景気全体にも悪影響という状態になり、そのまま無策であればハイパーインフレになる。

 いやいや、そんなこと起きるわけないでしょう、と思うかもしれないけど史実ではわりと起きていて、例えば第一次世界大戦後のドイツである。

戦間期におけるルール占領(ルールせんりょう)とは、1923年に発生したフランスおよびベルギーが、ドイツのルール地方に進駐し、占領した事件。当時ルール地方はドイツが生産する石炭の73%、鉄鋼の83%を産出するドイツ経済の心臓部であった。

 ルール占領 - Wikipedia

 重要すぎるので、色を変えたけどルール地方の占領こそが、この仮説に従えばだけど、ハイパーインフレの条件だったと思う。

 

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 ルール占領でどちらかというとデフレ型だったかもしれないドイツのバランスシートは、いきなりインフレ型のバランスシートに変化した。こういう突然の変化は政治によって良く起きる。たとえばジンバブエでもこういうことが起きた。

ムガベは初めは黒人と白人の融和政策を進め 、国際的にも歓迎されてきたが、2000年8月から白人所有大農場の強制収用を政策化し、協同農場で働く黒人農民に再分配する「ファスト・トラック」が開始された。この結果、白人地主が持っていた農業技術が失われ、食糧危機や第二次世界大戦後世界最悪とも言われるインフレーションが発生した。

ジンバブエ - Wikipedia

 ジンバブエの場合は、白人の土地を再配分したので占領されたわけではない。のだけど、白人が資本と一体化していた生産力を一回バラバラにしたので、バランスシート上の価値は一瞬とても低くなる。そうなると、バランスシートはインフレ側に激しく振れることになる。こういう土地改革は国全体に対して実施されるので、影響もきわめて大きくなる。さらに、ジンバブエでは内戦を戦った退役軍人に恩賞を大盤振る舞いするなどの現金給付も重なりハイパーインフレが始まった。

 他にもアルゼンチンなどでは、恐らく第一次・二次大戦時の貿易好調による大幅な黒字が国内現金をダブつかせ、後のインフレの素地を作り上げた。

 バランスシートは、モノが少ない経済であればインフレからスタートするが、そのうち資本が蓄積されてくると、デフレ型に移動していく。デフレ型では金融資本優位なのでバブルとバブル崩壊が繰り返されて、デフレ型が極限まで行くとお金が出回らなくなって大恐慌に陥り、国家がインフレ誘導をうまくやれないと、軍事国家化して戦争が起きる。戦争で生産施設が破壊されればモノが足りないのでインフレ型に戻って、生産性が凄まじい勢いで上昇して、またデフレ型に到達して・・・(以下、繰り返し)。

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 バランスシート問題を解決したい

 と、いうわけで長々と、何でバランスシート問題を解決するべきなのかをダラダラと考えてきたわけですが、一言でいうと、このゲームのスコアシステムは本々、ずいぶんと不安定なんじゃないでしょうか、ということだ。

 ゲームスコアが不安定すぎると、すぐにプレイヤーが不機嫌になる。「正当に評価されていない」という判断をして、すぐに社会の不安定さに結び付くことになる。だから、このスコアシステムの欠陥を何とかするのは良いことなのだ。

 

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 さて、バランスシートの改善のためにその原因をもう一度振り返ると、

 1)リセットできない。プレイヤーは、それぞれのアクションによって得られたスコアを死後まで引き継ぐことが可能。だから、相続税などで平準化を図ろうとして運営が介入する。リセットされないに関しては、ピケティが「21世紀の資本」で指摘したことと同じで、このバランスシートのシステムがある限り絶対に時間が経つとデフレ気味になっていく。

 2)価格が固定されていない。金本位制をしいても、共産主義政府が価格を固定しても、本質的に価格を固定することができない。需要にも供給にも限界や変動があるので、プレイヤーの交渉力が変わる。商品であろうと通貨であろうと、本質的にどんな政府の基でも価格は固定されていない。上記で示したように全体に対しての貨幣とそれ以外のバランスが価値を決めているので価格は変わっていく。

 3)バランスシートは貨幣価値の変化に対して中立ではない。2)の要因によって、そもそもバランスシートはスコアとしての中立制はない。バランスシート全体の価値が一定である、ということもないし、バランスシートの一部である貨幣の価値が一定であるということもない。これは何を基準点として持っても変わらない、仮に「金」を基準として持っても金の供給量によって左右されるし、仮に全世界の生産力を裏付けに持つことが出来たとしても、生産力そのものは消費者の数と質によって変化するので一定ではない。

 最後のポイントが重要だと思っているところで、バランスシートそのものの価値が貨幣価値に連動して変わるのであれば、政策の打ち方をバランスシートの価値変化に合わせて決めておけばハイパーインフレ/デフレは防げるかもしれない。

 また、貨幣そのものの機能を変えることや、土地などの影響が大きすぎる資産については、所有権の考え方を根本的に変えることも有効かもしれない。

 

 今後の課題

 今後の課題として以下のようなものがあります。

 二国間モデルで考えるとバランスシート問題はどうなるのか、を考える必要がある。

 固定相場で為替変動のない二国間モデルでは、債務国と債権国が同時にインフレになった場合、債務国が有利だ。借金が実質的に目減りするから。同じ条件でデフレになったら、債権国が有利だ。貸しつけた金が実質的に増えるから。

 前仮説としては変動為替の下では、借入金の価値を通じて、インフレ国側の通貨が下落するような変化を起こしていると思う。たぶんだけど・・・。

 これをさらに多国間で考えるとどうなるか。

 また、大体の国には国富のデータがないので、これを世界的に検証できるのか。

 実質経済成長率として算出されている数値は、インフレやデフレによる自己資本の増加や減少の影響を受けないのか。そもそも生産性の向上として算出されているもののうちの幾分かはこの影響で過大に数値が出ていないだろうか。

 

 

*1:でもゲームルールを変えて、税金を周回毎に取るようにしたらデフレになって、ゲームシステムを変えずにゲームが成立しないように持っていくことはできるかも。何も面白くはないだろうけど。

*2:もしこの比較方法じゃない正しい集計方法ご存じの方いたらぜひ教えていただきたいです・・・。これが正しい方法なのか分かりません。

*3:これも余談だけど、やっぱりイギリスはポンドの自由度を確保したくてBrexitを選んでいるんじゃないだろうか。