読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

クルーグマンが言う「インフレの経路がショートしている」は日本にもあるかどうか

 「さっさと不況を終わらせろ」で、ポール・クルーグマンが言う「ぼくたちが流動性の罠にはまっていて、短期金利がゼロ近いのに経済が停滞したままだからだ。おかげで、FRBの購入が通常は好況やインフレを引き起こすプロセスがショートしてしまっているからだ。」(p.204)としているプロセスを日本でも銀行システムから見直してみようと思って下記のグラフを作った。

1. 日本のショートしたプロセス

 実際に日本で、このショートしたプロセスが銀行システムに与えた影響を概観することができる。
 日本の銀行の預金の内訳として、「定期預金」と「普通預金」の変化に着目した。ちなみに定期預金の低下および預貸率とインフレをテーマとした研究はほとんど見られない・・・。 日本銀行統計 (4)民間金融機関の資産・負債 

 1990年代後半が見事に貸し出し停滞している。
 2000年〜2001年に、日本の政策金利は0.5%から0.1%に低下した。
 これによって、さらに「好況やインフレを引き起こすプロセス」がバシッと火花を散らしてショートした。
 この火花のショックによって定期預金が、数年間で一時期、100兆円規模で失われた。
 それは100兆円の普通預金として預け替えられた。
 当たり前だが、金利がゼロ近辺では、定期預金として何年も引き出せないというデメリットを甘んじて受けようという人がいるわけがない。それでも定期預金に預けている人がいること自体が驚きだが・・・。

 「流動性の罠」については、ケインズが以下のように言っている・・・。 

「ジョンブル(イギリス人のこと)は、たいていのことは我慢するが、2分の利子率には我慢できない」。そのため、経験的に、2パーセントの利子率を下回るような債券は、売れ行きが極端に悪くなり、流動性の罠が発生する。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%81%E5%8B%95%E6%80%A7%E3%81%AE%E7%BD%A0

 2010年以降は、新しい動きがみられる。普通預金が増加し、貸付金が増加し始めてる。
 それでも、預金に対する貸付金(預貸率)は低い水準にとどまる。

 預貸率が増加し、貸付金が増加するかどうか、が今後の重要なポイントになるだろう。
 その理由は3つある。


  1) 預貸率が高まれば、短期の景気は改善することが見込まれるから。
  2) 預貸率が低下すれば、短期の景気が低下し、かなり深刻な事態になることが見込まれるから。
  3) 預貸率が高まりすぎれば、バブル景気の疑いが強くなり、しかもその時点ではインフレの懸念から国債増発ができなくなるから。


 つまり、預貸率が高まれば、簡易に「流動性の罠」から抜け出しているかどうかを計れるのではないか、と考える。
 ショートした回線がきちんと繋がれば、貸付は妥当な水準に回復していくのではないか。しかも、貸付が増えすぎるとバブル現象が同時に発生することが見込まれるため、預貸率の監視でその確認もできると考える。(預貸率が低いままバブルなパターンもあるかもしれない・・・。株式時価総額GDP比率も同時に見た方がいいだろう。)(参考記事 各国の「信用拡大」の状況 | 三菱東京UFJ銀行 経済調査室ニューヨーク駐在情報)

 参考までに、各国の預貸率を紹介。預貸率の国際比較 from 日銀資料

 一方で、懸念されるのは、思ったほど、貸付が伸びていないという点なのではないだろうか。
 どこにお金が行ってしまうのか、に関しては、一つは海外にどんどん移転してしまうということにある。

 日本の銀行の海外支店の貸付は、順調かつ急激に伸びており、バブル期の水準に迫った。これは、かつての邦銀の下記のような動きを彷彿とさせる。
 日経新聞によるFT買収の高値掴みなんかも、こうした流れの一つにあたるだろう。貸付じゃなくて投資の例だが。

円高の進行を受けて、邦銀や一般企業の海外投資が活発化した。邦銀は、ロンドンやニューヨーク、チューリヒなどの海外の主要金融センターに支店や子会社を相次いで設立し、日本の貯蓄がアメリカや欧州各国に向かう流れが加速した。ニューヨークでも東京でも、「日本が米国債の購入をやめたら、アメリカ財務省財政赤字の穴埋め資金をどこから調達するのか」というセリフが決まって聞かれるようになった。海外に次々と設立された邦銀支店は、オフショア市場で調達した資金を原資に、現地市場でシェアを伸ばそうと競争相手より低い金利で融資を拡大した。日本の投資家は、アメリカをはじめ先進各国で、オフィス・ビルやアパート、ゴルフ場、スキー場などの不動産を購入し始めた。そのほとんどは、ロンドンやチューリヒなど海外の金融センターの邦銀支店から融資を受けていた。 
  「熱狂、恐慌、崩壊 金融危機の歴史」C.P.キンドルバーガー(p.444-445)

このまま、海外への資金の移転が続くと、思ったほどには国内景気は回復しない可能性もないではなく、むしろ円安が加速する可能性も考えられる。つまり、銀行経由でのインフレ発生はないものの資金流出による円安圧力の発生には成功していると思う。
この局面でお勧めの投資行動は、海外投資に積極的な日本または海外企業の株式を購入することだと思う。


2.というか、国債買い取りが限界に来てしまって終わるのか

 ところで、この預金の順調な増加と円安の進行を支えているのは、市中に資金を供給し続けるための日銀の国債をどんどん購入する政策のおかげだ。この奇跡的な政策によって下記のように日銀資産が急増した。

日本銀行、国債保有額初めて300兆円突破
 日本銀行国債保有残額が初めて300兆円を突破したことが分かった。 25日、日本経済新聞によると、日銀が発表した20日時点の国債保有額は301兆9144億円でこのうち8割強を長期国債が占めた。

 これにより、日本財政の破綻というよりは、日本銀行の破綻や倒産が懸念されるが、日銀の決算上では国債評価方法をあらかじめ暴落による自己資本毀損から守るため、低価法から償却原価法に切り替えられているため問題はないとも考えられる。

日銀は、平成 16 年度決算から保有国債の評価方法を、低価法から償却原価法に変更し、長期国債の相場下落がバランスシートに悪影響を及ぼさないための手当てを行った※。償却原価法とは、満期保有債券に対して、債券を額面より低い価額(高い価額)で取得した場合に、取得価額と額面ないし償還価額との差額を償還期日が到来するまで、毎期一定額ずつ純増(純減)する方法である。日銀の保有する国債は、満期保有すれば、ロスが生じることのない運用資産であり、満期保有債券の位置付けである。これによって、日銀納付金が債券相場の下落に伴う引当金の積み増しなどによって減少する可能性が防止されたことになる。
※ただし、会計基準を償却原価法に変えたとしても、実体面では、長期金利上昇で日銀が含み損を被ることには変わりがない。2004 年 2 月末時点での長期国債保有額は 66.6 兆円であり、0.5%の金利上昇によって、2.9 兆円程度の含み損が生じる計算になる。日銀の当期剰余金は 1〜1.5 兆円であるので、含み損に相当する部分に引当金を積めば、赤字になりかねない。 福井総裁の1年目を総括する(下編)

 しかも、日銀法によって日銀の収益は、国庫に納められる。そのため、日銀が保有する国債の収益は、そのまま政府に戻る。
 そこまでは良いのだが、購入を続けても2017〜2018年には限界が訪れるという説もあるらしく、急速にこの政策全体の継続性に疑義が生じ始めている・・・。

IMFの論文は緩和効果の1つである「ポートフォリオ・リバランス効果」に焦点を絞り、投資家の資産構成の変化を通して異次元緩和を分析している。銀行の担保需要や保険会社のALM(資産・負債の総合管理)上の制約、年金基金の資産構成などを考えると、17〜18年には日銀が国債の購入額を減らす必要に迫られる可能性があると指摘。そのうえで短期国債を売って長期国債を買う「ツイスト・オペレーション」や地方債の買い入れなど、追加緩和の代替手段があるとの見方も示した。 ただ日銀が保有する国債の平均残存期間(デュレーション)がさらに長期化すれば、緩和からの出口戦略は一段と難しくなる。地方債も買い入れの線引きが難しいという声があり、すぐに代替手段に移行できるかは不透明だ。

 IMFが指摘した技術的な問題に加え、日銀が大量に国債を買い入れていることによる市場のゆがみも目立ち始めた。国債と現金を一定期間交換する「レポ取引」では7月末の取引でマイナス金利が生じた。  IMF、異次元緩和の限界を示唆 日経新聞

 したがって短期的には若干の資金流出起因の円安の進展とそれによる弱いインフレが進むのみ。しかし、貸付の増加や投資の増加による国内景気の回復につながる直前に、国債の買い取りが限界に達して政策が行き詰るという最悪のパターンが考えられなくもない。一方で、地方債買い付けが増加することで、バブルが地方経済に波及していくという可能性もある。また、買い取る資産を株式や不動産に変更すればいいかもしれないが、その場合、無制約にリスク資産を買い進めるかという問題に答えがない。だんだん難易度が高くなるのは間違いない・・・。

 そして、そのうち意外にもやっぱり国債に対する信頼が失われるだろう。なので、国内の預貸率の上昇を伴った好況時インフレがなくても、結果的に、資金が流出し円安が止まらなくなる⇒やや高めのインフレが止まらなくなる、という財政破綻論的なシナリオが現実のものとなる可能性がありますね・・・。ただ、クルーグマンの推定では円安もそれほど激しくはならなくて、現行水準どまりだけど。

 ちなみに人口動態から考えて、どうしてもこの政策は成立しないんじゃないかという説はこちら。
 クルーグマンのかんたんな「長期停滞」克服法は機能するのか? 

 さらに、その結末のパターン予測。アベノミクスの行く末を予想する
 
 どの結論になるにせよ、日本財政の今後がシミュレーションできるようになっていないとうまく考えられない。
 というか、この話の論点は、「人口動態による成長率低下」と、「潜在成長率」のどちらが高い値になるか、に収斂する。

 というわけで作ったのがこれ。