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Jトラスト決算報告2016年度決算 フィンテック撤退理由

以下にて、決算報告のログミー出てました。

logmi.jp

藤澤氏より、フィンテック撤退理由が語られていて興味深いです。ビットコイン金融庁管轄下におかれて、顧客保護をまともにやれる企業はないのではないか、という指摘は面白いですね。

フィンテックについてなんですけど、日本で我々、少しビットコイン取引所というのをやり取りしました。実際、数か月、1年経ったか経ってないかぐらいで、すぐやめました。これは実際、管轄が金融庁になって、顧客保護体制でやるという指針ができた時に、この取引所で、まともに顧客保護できる会社ってまだないな、うちも無理だなということで、顧客保護におけるリスク管理面において、ビットコイン市場全体が、まだ全幅の信頼を置くようなシステムになってないと判断し、いったん退散しました。最近フィンテックって日本で、言葉で流行っていますが、例えばシリコンバレーとか、中国、アリババが広州とか、東南アジアにおける国と比較しても、それでも、東南アジアと比較しても、日本のフィンテックというのはかなり遅れている。フィンテック後進国と思っています。今から日本でフィンテックフィンテックって、事業スタートしてやっても、全然話にならない。とてもじゃないけど、そういう、東南アジアの国さえ、追いつかないと考えています。なので、フィンテック事業やるとすると、東南アジアで既に始まっているフィンテック事業を買い取ったり、そういうことでフィンテックを展開していくことは考えています。

  早晩、問題が顕在化するかもしれず、どうなるのかというところです。

 以下が、今年からの新しい制度のパンフレットですね。

 「平成29年4月から、「仮想通貨」に関する新しい制度が開始されます。
 金融庁 改正資金決済法等の施行」http://www.fsa.go.jp/common/about/20170403.pdf

 以下も、登録規制の影響を扱っています。

btcnews.jp

2016年度に売却した株

 昨年売却した株は以下でした。書き忘れていたので・・・。

 

 3230 スター・マイカを、2016年9月に、1693円で売却しました。

 購入額は、885円でした。2013年3月末に購入したものです。

 ・利益率は、+91.29%

 ・期間利益率は、17.59%

 で、まあまあでした。

 売却理由は目標としていた金額に達したからです。反省点は、今年に入って2500円に近い高値を見せたので、見切りが速かったかもしれないといういつもの反省です。不動産はトレンドかなと思い購入してそのとおりだったのですが、トレンドが崩れるのが怖くなり過ぎました。でもいつかトレンドは崩れると思っています。

 

 8698 マネックスグループを、2016年10月に、245円で売却しました。

   購入額は、219円でした。2009年3月半ばに購入したものです。

 ・利益率は、+11.87%

 ・期間利益率は、1.41%

 で、最悪・・・でした。

 売却理由は、業績が良くなる兆しが全く見えないことと株主総会で言及されていた今後の戦略に理解できない点があったことです。トレードサイエンスでコアユーザーを取り込む予定とのことでしたが、それにしてはシステム開発が重たくなり過ぎていて本当にコアユーザーが求める内容にアップデートしていけるのかということと、バンガードの販売がなぜ伸びるのかが理解しづらかったたためです。反省点は少額でどうでもいいと思っていたので保有期間が延び過ぎて期間利益率が悪くなり過ぎたこと。

 

 以上が、昨年に売却した株でした。来年以降は、もう少しましになっていると思います・・・。

Jトラスト グループリースの現時点でのインパクト

  Jトラストの収益にグループリース株価がもたらすインパクトは、以下のように公開されている資料から試算ができます。

 約5バーツ毎に-14億円とすると、現時点での株価18.30バーツの場合、マイナス幅は、-65.8億円になります。

 決算説明資料|Jトラスト株式会社

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 グループリースの株価が現状で推移するのであれば、今期の最終利益は、以下のようになる計算です。

 連結営業利益は、42億円の予想から、この時点で含まれていたグループリースの利益46億円と、65.8億円が差し引かれるので、-69.8億円の赤字で着地します。

 うーむ。

時価総額/GDP比の現在値 2017年1月末時点

前回に引き続き、時価総額/GDP比の現在値(1月末時点数値)を調べてみます。

日本 87%(2014年4月末) → 92.5%(2014年9月末) → 112%(2015年2月末) → 111%(2015年3月末) → 112%(2015年10月末) → 104%(2016年5月末) → 115% 

時価総額の参照数値が一部のみから一部二部その他合算に変更

アメリカ 102%(2014年4月末) → 106%(2014年9月末) → 108%(2015年2月末) → 107%(2015年3月末) → 107%(2015年10月末) →  102%(2016年5月末) → 114%

・計算式  時価総額÷名目GDP時価総額/名目GDP

 (過去から100%〜120%程度が高値圏と考えられる。バブル期の%の推移については、GDP/時価総額比率 1989年でGDP比率145.5%を参照。)

 ※参考データ

ここから想定される日経平均株価の高値のレンジは、ざっくり

 17,919円(108%) 〜 21,300円(128%)

 以上です。

「負債論」をカンタン図式化してみる【理論編】

 デヴィッド・グレーバーの「負債論」は素晴らしく面白い本なんだけど、何しろ長い。長いけど読み終わりたくはならない稀有な本。

 グレーバーは、ウォールストリート占拠運動で「われわれは99%だ」というスローガンを考えた人でもあり、この本も、金持ちのグローバル企業は返さなくていいのに、一般人や先進国以外の国は、借金の返済を迫られるのはなぜか?という疑問に迫るために書かれている。

 だけどなにしろ、長いので理屈が結局何だったのか忘れてしまうくらい・・・。訳者解説も大分要約してくれているけど、もっと簡単にしないと頭に入らないので、図式化してみました。まずは理論部分から。 後半の歴史編は、また時間のあるときにでも書く・・・。

 ちなみに、ぼくなんかよりはるかに簡単にこの本とはおそらく全く関係なく事態を要約している記事があるので、どうぞ。まさに名誉をかけたゲームが価値を収奪するシステムを日本人の小学生が作りだしたのだ。

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 大前提としての疑問は、グレーバーがパーティーで出会った活動家的な女性弁護士に、グローバルジャスティス運動っていうのをやっててIMFが課している諸国への借金を帳消しにする活動しているんだぜ、とドヤ顔で説明したら、「でも、やっぱり借りたおカネは返さないと!」と言われてしまったことから始まっている。何で、みんな「負債は返済されなければならない」と思っているんだろう??(あと鉄板のモテる話だと思ったのに、なぜモテないか、という怒りもあるのか→邪推ですね。)そもそも、これはモラルとしてなぜ、これほどまでに強力なのだろう。

 しかも、このモラルは矛盾している。一方で、カネは返さなくてはならない、と言っているのに、ほとんどの人は貸している人々を毛嫌いし、憎悪している。カネ貸しが悪ならば単純に返さなくても良いのではないか。昔の政府は良く徳政令とか出していたし。

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 しかも、根深いのは、負債の返済がモラルになっていることだけでなく、私たちのモラルそのものが負債の言葉でしか理解ができなくなっていることだ。

 他者への義務を果たすことを「借りを返す」と言う。けど、それでは義務は計測可能な何かなのだっけ。そもそも義務と負債を同じもののように感じているのはなぜだろう。

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 負債がまだモラルそのものじゃなかった時代、そういう社会はどういう秩序で作られていたのだろう。実際の人類学のケースから考えてみた。

 そもそも、商業経済がそれほど入り込んでいない社会では「借り貸し」という概念そのものが、社会を壊す考え方、人間の尊厳を脅かすものとして警戒されていることもある。イヌイットは、デンマーク人の人類学者がふるまわれた肉に対してお礼をいくどもいったことに対して、憤然と答える。そのような負い目はいらない。「この地でわれわれがよくいうのは、贈与は奴隷をつくり、鞭が犬をつくる。」それは、そこから交換やヒエラルキーが忍び込むことの拒絶である。

 三つの原理がある。

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 コミュニズムは「各人はその能力に応じて[貢献し]、各人には必要に応じて」というもので、Googleでもゴールドマンサックスでも、企業の中でも仕事の中でも、ごく普通に効率的だから採用されている原理だ。どこにでもあるもので、例えば工具を職場の人たちが共有したり、近くにあるものを手に取って渡したりするちょっとした作業を協力の基にすることを指している。

 交換は、等価が前提とされるため「そこにひそむふくみから、[交換にあたる]人びとも等価であるとみなされる。少なくとも、贈り物にお返しされたり、金銭の持ち主が代わる瞬間にあっては、そして、それ以上の負債や義務が存在せず、両者がそれぞれ等しく自由に立ち去るときには、そうである。逆にみれば、このことは自律を内包している・・・等価と自律、どちらも君主との相性は悪い。だが、この潜在的な解消可能性と究極的な等価性という全般的な見通しの内部で、際限のない[交換]のバリエーション、はてしのないゲームの可能性がみいだされるのである。」*1

 そして、ヒエラルキーは、「先例の論理」で機能する。基本的には交換とは関係なくただ、先例によって固定されていくものである。 

 

 商業化があまり進んでいない人間経済、社会の関心が富の蓄積ではなくて、人間存在の創造と破壊、再編成である社会では、交換の役割は限定的で、コントロールされている。

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 人間経済では、人間はその特別さゆえに、例えば婚礼の際に自身の同族の中から、同じ人数の人を差し出す証として、花嫁対価となるシンボルを差し出す。だけど、それは同じ人ではあり得ないので、実際には返済不可能な負債のシンボルでもある。

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 すべての人が家族や村落とつながっているから、その人を交換の論理にさらすことはできない。限られた例外が、抗争状態にある村落から暴力的に文脈をはぎ取られた人たちだった。

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 交換可能となった人を、「名誉」の数量的な表現とすることで、私たちはお互いを戦争中の他の村落の人として認識するようになった。負債があることで、私たちは自分の家族を奴隷の身分に落とす潜在的な恐怖におびえるようになった。誰もが他人であるのだから、この闘争状態が続く限り、いつ負債を暴力的に追わされて家族を売り飛ばし、結果的に名誉の最下位に落ちるのか分からない。

 

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 この恐怖こそが、保護意識の高まりとともに家父長制を生み、奴隷の所有権を生み、近代的な自由と私的所有権の発展につながったのである。

 という話よりもやっぱり以下が分かりやすいのだけど。

 

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*1:逆に等価で取引を終わらせることはコミュニズムが浸透している社会では失礼にあたることもある。相手を立ち去っても構わない人として扱うことになるから。だから、そういう社会では常に多少の過不足が交換で生じるように工夫しなくてはいけない。そして無限に交換が続くようにしなくてはいけない。

政府とかグローバル企業といった大きい組織は弱体化して、人々は地域にひきこもるようになる、で、自己実現は弱体化すると思う。

 アメリカの軍事力が低下して、中国の軍事力が強くなると、日本やアジア圏の政府は今よりも力が弱くなる。グローバル企業は、アメリカの世界的な覇権により沿って成長してきたから、相対的に力が下がっていく。

 中国は地域への支配力を強化するけど、地域の盟主になれるほど強力ではないから、その間は、グローバル企業が弱体化した隙間で、地域のつながりを活かした企業や個人事業者が活躍する余地が生まれる。

 人々は、政府が指し示す方向で経済的な恩恵が受けられないことを見て取って不安になり、より地域的で互助的な組織に回帰するようになる。

 だから、時代のキーワードは、ますます小集団やコミニティに関するものになっていくだろう。流れはますますま「自己実現→友情・家族」になっていく。

 もし、多くの人にうけるコンセプトを考えるなら、この「安心への強い欲望」に応えないといけない。友情のキーコンセプトは、「逆境にあっても絶対に見捨てないという約束」だ。友人と友人は、利害関係を越えて相手のために尽くすという前提があるので、これは結構重たい。ソクラテス以来の難問で、これが賭け金となる時代というのは、世の中にそれだけ「役に立つか立たないか」という評価軸が確立されてきているという証でもあるだろう。

 「お前を絶対に見捨てない」というメッセージをお互いに共有する、これはほぼ結婚と同じことを言っていて、現代でこういうことを考えている人はまだ少ないと思う。桃園の誓いみたいに、死ぬときは同じ日同じ時間だ、みたいな。だけど、これがこれからは、次第に増えてくる。コミニティが大事、地域が大事、みんなで飲み会楽しいね、という段階は、まだ個人主義の時代。次第に会社も、国も頼れないとなってくると、お互いに頼り合うことで安心したい、その安心の抽象化が進むと、次第に期待は「お前を絶対に見てない」とお互いに思うことになっていく。だんだんそれは、血の契りみたいな約束のカタチ化・儀式化を伴うようになっていくことでもあるだろう。

 これまでは、「本当の自分」が卓越性の賭け金だったけど、これからは、「無条件の忠誠」を平等で対等な人同士が結ぶことが、個人的な卓越性の証になる時代だ。自己実現も不可能な目標だからこそ、力を持つけれど、友情も基本的には不可能へのチャレンジだ。

 世界の支配力が流動的になり、より個人的な信頼で結ばれた人々の評判が重要になり、その評判は、どんどん能力ではなく「誠実さ」や「友情に対する忠誠心」の評価になっていく。一方で、こうした事情を利用して、一切この卓越性を歯牙にかけない合理的な行動をとる集団も現れるだろう。

 真のグローバル企業として勝利を収めるのは、友情を利用して人々を争わせ、その死体を食らうような行動が平気でとれる企業で、たぶんそれは、マイクロクレジット的なコミニティに恩恵を与えそうな装いをもった金融業者の台頭に繋がるだろう。

 それらへのカウンターも現れることになるが、最初の勝者はコミニティをエンパワーするブランドの基に次第に優位性を暴力的に利用する者として立ち現れるに違いない。そこから、新しい戦いが始まるけど、それまでは時間がかかるだろう。

 

 企業のブランドメッセージとして「世界を変える」系メッセージを使うことが出来たのは、「自己実現」が浸透しているからで、自身が神であれば世界を再創造することはたやすいという想像がある。だけど、これからは、「世界を変える」系はどらかというとNGで、「互いの価値を認め合い、相手のために出来ることをしようとするコミニティ」に所属していることがステータスとして、君臨することになる。

 そういう世界では、かつて仏教が最強だった時代のように、コミニティが他者を説得し改宗させて呑み込んでいくプロセスが重要になっていく。なぜなら、世界を変えることはこの良きコミニティが世界そのものになっていくことなのだから。

 かくして、「世界を変える」系メッセージと自己実現は、弱体化してコミニティ全盛時代が来ることになる。コミニティを振りかざし、その絶対的な善を主張する人々が支持されて権力を獲得することになる。

 ノウハウの基本的な形は、宗教組織に、どんどん近付いてくだろう。

 

 

サイエントロジーの教会が新宿に出来ていて驚いた

 ただ、びっくりした、という、それだけなんですけど。

 L. ロン ハバードの本とか、伝記のパネルとか置いてあって、お茶飲むスペースとかあって、どうぞーって言われたけど入れなかった・・・。自分の強みを分析する、とかのセミナーやっているみたいでした。

 

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www.scientology-tokyo.org