口コミの法則を明らかにする「急に売れ始めるにはワケがある」

口コミの法則を明らかにする本なのだけど、別に数字の裏付けがあるわけではない。
いろいろな研究を組み合わせると、こういうことになるんじゃないかという仮説である。

 「急に売れ始めるにはワケがある」マルコム・グッドウェル
 



あるアイディアや流行もしくは社会的行動が、敷居を越えて一気に流れ出し、野火のように広がる劇的瞬間がある、それを「ティッピング・ポイント」と呼ぶ、というのが本書のお題である。それは、「伝染病」と同じように考えられる、という発想だ。

さっぱり売れなかった靴のブランド「ハッシュパピー」が突然ばかみたいに売れ始める。あるいは、ニューヨーク市のとんでもない犯罪発生率の高さが、突然に、急激に下がり始める。

この一気に状況が変わる、突然感染爆発する、という現象の背景には何があるのか。

こうした現象の始まりは、いつもとても「小さい」。小さな変化、40人〜50人の変化が周辺に伝播し始める。そして、その変化率の伸びがとても「急激」であることも特徴である。

このアイデアの感染を、3つの要因に分解し、その関数として感染が広がっていくと定義づけする。

 1) 少数者の法則(病原菌を運ぶ人)
 2) 粘りの要素(病原菌そのもの)
 3) 背景の力(病原菌が作用する環境)

この3つが整うと、感染は爆発的に広がっていくと仮定し様々な事例を説明するのが本書だ。

 1) 少数者の法則(病原菌を運ぶ人) はさらに3つの要素に分解される
   a) 社交的な「コネクター」 人と人をつなぐことに大変な関心を示す人。ほとんどの交友関係の源になるような人で、ほとんどの人が広範囲な人間関係を築いているわけではないのに、*1こういう特性を持つ人は、異常なほどの広範囲な交友を持っている。普通の人が尻ごみするような交友関係の拡大に対して、こうした人は興味を強く示す。そして、誰に話をすれば適切に情報が届くのかを知っている。彼らが、情報を拡散することに関与しなければ面白い話は広がらない。

   b) 知識に長けた「メイブン(通人)」 他の人が知りたがらない細部に異様な関心を示す人。取扱説明書を隅々まで読んで、その間違いを指摘するような人。メーカーよりも物事に詳しく、スーパーの店頭の価格の間違いをチェックし、商業的な活動が正しく行われることを監視する役割を果たす人。何が安くて、どこで買えばいいかをみんなに教えてくれる。資本主義が正しく運用されるのは、こうした人が購買行動に影響を与えるからだ。

   c) 説得する人「セールスマン」 メイブンは、購買行動に影響を与えるが、説得をするわけではない。説得をすることに命をかけているのは、セールスマンだ。コネクターがつなぎ、メイブンが教師の役割を果たしても、納得しない人々を行動に移させる誰かが必要だ。それが、セールスマンの役割になる。説得とは、言葉の選び方や話の進め方ではない。説得とは、それを取り巻いている状況なのである。表情や動作が豊富なセールスマンは、相手を説得する力がある。動作の研究者によれば、人と人とは対話するときに、相互に同調して動作している。*2そのため、影響力の強い人は、このリズムを支配して、対話を通じて感情を伝染させることができる。感情や気分を上手に表現できる人は、ほかの人への感染力が強いのだ。うなずきながら話を聞いた人は、肯定的な気持ちになる。笑顔を見ている人も肯定的な気持ちになる。

 2)粘りの要素
 アイデアの本質が優れているから広がるのではない。余白の部分にちょっとした変更をくわえるだけで、広がり方が全く違うものになる。「金の箱」を探そうなどの安っぽいように思える工夫。破傷風の恐怖をあおるのではなく、保健所の地図を入れる。子供向け番組で、同じエピソードを週に五回流すことで予測可能にする。HUGという文字の裏にマペットを立たせる、ビックバードと大人を同じ画面に出す、など、小さな変更が重要になる。単純な情報の引き立て方を見つける必要があるのだ。

 3)背景の力
 ニューヨークの地下鉄の落書きを消す、などの割れ窓理論に基づく浄化作戦が犯罪の抑止に有効だった。微罪でも検挙することで、劇的に犯罪行動が減っていった。それは、犯罪を許容する「背景」が消えていくことで、行動が変わったことを示している。ふつう行動の方向性を決めているのは「自分」であると思っているが、実は、心に抱いている確信とか、今何を考えているかというようなことは、行動しているときのその場の背景ほど重要ではないことがわかってきている。「あ、遅刻だ」という言葉が、普段は憐み深い神学生を、冷淡な人に変える。模擬監獄の実験*3では、ふだんは平和的な性格の人間が、厳しいしごき屋に変貌した。個人の特性などの決定要因を越えて、行動を決定的に支配する場所と条件が存在するのだ。

 これらの3つの力以外に、重要な要素として、「150の法則」が挙げられる。
 人間が組織として機能する上限が150人であるという法則だ。通常、人が親密に感じる人の上限は12人であると言われている。これは、脳のキャパシティとも関係があると考えられている。*4150人という数が様々な狩猟・採集社会の人数として確認されている。同じパターンは軍事組織にもあてはまる。通信手段がこれほど進歩しても一個中隊の規模は150人を超えない。ゴア・アサシエイツは工場ごとに150人の規模を守っている。この規模であれば規則や肩書によって統率しなくても、自然に発生する「交換記憶*5」によって、分業が効率的に達成される。こうした、150人規模の組織をたくさん作ることが、感染拡大にはきわめて効果的である。

 また、感染の初期には「イノベーター」がいるが、彼らが理解する言葉以外の言葉に「翻訳」をするということも重要である。跳ね上がった連中のすることを見ていて、翻訳者は主流派の口に合うように変更をくわえる。たとえばジーンズの裾をまくりあげて、配管用テープで留めている子がいたら、配管用テープではなくて、マジックテープみたいなものを買ってくる。あるいはトイザラスで見つけてきたバービー人形用の小さなTシャツを着ている子がいたら、それを見てちょっとやりすぎだとか言う。それで、縮んだTシャツを工夫したりし始める。これなら大丈夫という線があって、それが見つかると、ぱっと飛び火していく。

*1:公営集合住宅「ダイクマン」の居住者の親しい友人の名前を挙げてもらったところ、その友人の88パーセントは同じビルに住み、さらにその半数が同じ階に住んでいた。これほど「近接性」が影響を及ぼすのだ。

*2:文化的マイクロ・リズムの研究と呼ばれているもので、草分けはウィリアム・コンドン。たった四秒半のフィルムを細部まで研究した。夕食の席である女性が男性と子供に向かって「これからは毎晩いっしょに食べるべきだわ。ここ数カ月こんなにおいしい食事をしたことなかったもの」と語りかけるフィルム。これを、四十五分の一秒に相当するコマに切り分けて、ひとコマづつ何度も観察した。一年半の観察の末に、見つけたのは「夫の手が上がると同時に妻は頭を回していた」という行動だった。どの動作もリズミカルに同調していたのである。しかもその動作は、言葉と完全に一致して行われていた。動作だけでなく会話のリズムも同調していくのだ。

*3:1970年代はじめ、フィリップ・ジンバルドを中心とするスタンフォード大学の社会科学者のグループは、大学の心理学部のビルの地下に模擬監獄を作った。廊下に10メートルの区画を設け、プレハブの壁で独房棟に仕立て上げた。そこに、実験室で製作した二×三メートルの小さな房室を三つ設置し、鉄格子と黒く塗ったドアをはめ込んだ。クローゼットを改造して隔離房にした。二十一人の被験者は半分に分けられ、看守役には制服とサングラスが与えられ監獄の秩序を守ることが任務と伝えられた。残る半数は囚人役を割り当てられた。看守は最初の夜から変貌した。囚人たちを午前二時に起こして腕立て伏せを命じ、壁に向かって整列させ、そのほか気まぐれな命令を出した。二日目の朝、囚人たちは反抗した。識別番号をはがし、房内に立てこもった。看守たちは囚人を裸にしたあげく、消化器を噴射してそれに対抗し、反乱の首謀者を隔離房に閉じ込めた。36時間あと、一人の囚人がヒステリー状態になり、解放しなければならなかった。さらに四人が「泣いたり、興奮したり、極端な情緒不安定と不安神経症」の徴候を示したので、やはり解放された。

*4:人類学者ロビン・ダンバーによれば、霊長類の脳の大きさは社会的なグループの大きさと関連しているという。もし五人の集団に属しているのであれば、自分を中心とする4つの関係回路と他メンバー同士にかかわる六つの相互関係回路、合わせて10の人間関係回路を維持する必要がある。グループ内の人間関係の力学を理解し、それぞれの個性を巧みに操作し、他人を不快にさせないように気を配り、自分の時間や注意をうまく按配しなければならない。ところが20人の集団に属していると、自分に直接かかわる19の関係回路とその他の構成員同士にかかわる171の関係回路をあわせて、190もの相互関係回路を維持しなければならなくなる。グループの規模は四倍になっただけだが、他の構成員を「知る」ために必要な情報量は約20倍になっている。比較的小規模な人員増加でも、知的・社会的負担は相当大きくなるわけだ。

*5:家族やカップルは、お互いに相手のことを知っていて、どの情報については、相手の方が記憶できる、ということを知っている。たとえば、13才の息子が家庭の中でコンピューターの専門家であるのは、必ずしも彼が電子機器についてずば抜けた素質をもっているからではなく、家庭用コンピューターに関する新しい知識が入ってきたときに、たまたま彼が記憶担当に指名されたからなのだ。ひとたび専門家になると、その分野についてますます専門家になっていく。息子が手際よく新しいソフトをインストールしてくれるのに、どうしてわざわざ覚える必要があるだろうか。それぞれの人員がある特定の仕事や事柄に関して集団から認知された責任を担っている場合、効率性が高まる。人を知っていれば、誰が一番詳しいのか分かるようになる。問題が起きれば、その人に聞けば解決するという効率性が生まれる。この交換記憶を人はそれぞれに頼りにしているために、離婚や死別はつらいものになる。相手の記憶に入りこむ、という外部記憶システムの喪失として考えることもできるのではないか。