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最近の政治の論点の意味がわからない リベラルは労働者の所得向上を主張すればいいんじゃないのか

 左翼とかリベラル勢力とか護憲勢力とか、ともかく与党じゃない勢力全体が退潮していることが嘆かれているけど、リベラルが主張するべきことを忘れているから当然退潮しているだけだ。論点がおかしいから人気が出ないだけだ。マトモな論点で主張してリベラルは、力を取り戻さなければいけない。

 リベラルっぽい界隈が主張しなければいけないのは、労働者の所得をはっきりと明らかに目に見えて上昇させることだ。でも、そういうことを言う勢力はない。たとえば、鳥越俊太郎の政策を見てみよう。彼が主張するのは、こんなことだ。

働く人の37.5%が非正規社員。正社員化を促進する企業を支援します。

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shuntorigoe.com

 全く違う。正社員化を目指すのは悪くないと思うけど、もし正社員化率が100%で、今よりも賃金の総支払額が25%下がっていたらどうですか? 平等に賃金が下がったら、リベラルが忌み嫌う大企業の思うがままじゃないですか。

 かつて、ローズベルトがアメリカで実施したニューディールは、本質的に「労働者と消費者の交渉力を上げる」ことが目的だった。だから、低下していた労働組合の組織化率を国が支援して上げたし、賃金を上げることで低下している総需要を上昇させようとしていた。景気の低迷の要因を、明確に「総需要の低下」と見定めていたから、まずは労働者と消費者がお金を持って消費ができるようにしようとしたのだ。

 この理屈が今の日本のリベラルには完全に欠けている。生活の細部はどうでも良いのだ。正社員化率とか、残業が多いからブラックだとか、大企業にすりよっているとか、そういうことではない。「賃金を年々4~5%上げて、十年で1.5倍の賃金に上げていきます。そのために、保育と介護の賃金水準を劇的に上昇させて、それによって他産業の求人を吸収して、有効求人倍率を引き上げ、全体の賃金水準を自然と上昇させます」、というような、パンチのある政策を主張しないとダメだ。そもそも大企業も、このままいけば、順調に消費者の没落を招いて破滅的な収益低下に直面することになる。

 これをしないで、安部政権に対抗できるわけがない。自分の小さな生活の向上を期待しているのが庶民だ。抽象的な攻撃で勝てると思っているのが甘すぎるのだ。

 デモで盛り上がっても、選挙に勝たなければ意味がない。

 まずは、庶民の心に響くことを主張するところからスタートしなおさなければいけない。何か、あまりに腹が立ったから、書いたけど。与党だって本気で景気を回復したいなら、まず賃金を確実に上昇させる政策で選挙を戦わないとダメだと思う。リベラル側が軟弱だから、株価対策だけで勝てるのだ。きちんと、生活を成り立たせるレベルでガンガン賃金を上げるということを公約したリベラル勢力が結集するべきだ。

  ちなみにニューディールの世界観を今知ると衝撃が走る。

 大恐慌はそもそも過小消費が原因で起きたというのがニューディーラー主流の解釈だった。

 この過小消費の原因の一つが、労働者の交渉力が強大な資本にくらべてありにも弱い点だと思われた。そこで政府は労働者の賃金引き上げの方向が望ましいと判断し、労働者の交渉力を強化するためにNIRA第七条(a)項によって団体交渉権などを法的に承認したほか、賃金をコストとしてだけでなく、「購買力」すなわち景気回復に不可欠の要素として評価した。

 労働者の数が減少していく日本にあって、この観点が欠落しているのは、根本的に間違っている。たとえば民進党の支離滅裂な政策集にこういう視点はあるだろうか。まったくない。

 しかも、ニューディールの支出の大半は、大規模公共事業ではなくて失業者を雇用する様々なプロジェクトでしめられた。たとえば、三億点の衣類、五億七千万の学校給食、八千万冊の図書館の本の修繕、1460の保育施設の運営、百五十万人の読み書き教育、家内サービス人の訓練、州WPAガイドの出版など。絵画、彫刻、音楽、演劇、小説などのプロジェクトもあった。

 ローズヴェルトは、連邦政府による大規模な公共投資を梃子にして失業を吸収するタイプの政策にはおよび腰だった。そのイメージとは裏腹に、ニューディールは結果としてTVA(テネシー川流域開発公社)やPWAのような公共事業よりも、PERAやWPAのような救済事業に重点を置いた。

 この視点にならえば、ケインズが主張する公共事業による景気回復が本気で行われたことはなくて、正統派ニューディーラーにとっては、「目先の消費者の所得と自尊心の回復」が大事だったということだ。

 これは、ケインズが考えていた「期待の回復」と同じもので、ケインズの方が有名になり過ぎて教科書が見落としてきた、超根本的な視点だ。

 しかも、最近話題の「ベーシックインカム」的な議論もまったくもって笑止千万であることが分かる。大恐慌期に重要だったのは、「仕事を失った人々の自尊感情の深い傷」をどう癒すかであって、ベーシックインカムでは、そうした傷は癒えないのだ。多くの人にとって、自尊感情はまがりなりにも誰かのために仕事をして対価を得ることで、それをまずは手当しようとしたニユーディーラーの直観の方が正しいと思う。

 教科書的なケイジアンも、自助努力を大切にするアホな与党も必要ない。

 ただ、実質所得を上げれば良い。