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バランスメカニクス(Balances Mechanics)(差引残高のメカニズム) について

 ウルリケ・ヘルマンの「資本の世界史」は素晴らしい本だけど、最も興味深いのはその通史的な見事さではなくて、ドイツの経済学者ヴォルフガング・シュテュッツェルを紹介している点だと思う。

 

 ぼくにとっての最大の驚きは、国民経済をバランスシートで考えるというアイデア自体はすでに、ドイツの経済学者によって発見済みだったのだ、ということ・・・。すごいのは、シュテュッツェルが、結局経済は、「バランスシート」によって根底が規定されてしまっているだろう、と喝破したところにある。その国の経済が持つバランスシートの残高は、現在と将来を厳密に規定してしまう。ただ、シュテュッツェルの観点は、国民経済の貯蓄は必ず負債とバランスするというところに置かれているのかもしれない。その観点だと、ぼくが考えていることとは違う結論になると思う。

 ぼくの仮説としては、バランスシートの性質を考えていくと、企業・家計・政府のそれぞれの資産クラスの残高が、それぞれの期待収益率として現在の行動を完全に規定しているのだろう、ということ。つまり、シュテュッツェルと同じかもしれないけど、バランスシートは必ずしもバランスしないし、状況によっては簿記会計の原則から、必然的にバブルを合理的に導くし、あるいは状況によって、労働生産性が高まるのは、それぞれの資産クラスで期待資産インフレ率がゼロ近傍にある時、ということなんだと思っている。だから、経済成長率はそれぞれの経済主体のバランスシートの組み合わせで決まっている部分がある。

以下、Balances Mechanicsより

バランスメカニクス(Balances Mechanics(ドイツ語:Saldenmechanik))は、経済学の研究です。
(簿記(バランスシート)の残高から、信用のシステムとそのメカニクスが、厳密で普遍的な個性を与えられているという主張。)バランスメカニクスは、モデルの仮定と前提条件に基づかないもので、カンタンな算数的な性質(通常は、制限のない方程式と普遍的な概念で書かれている)で記述されています。

バランスメカニクスヴォルフガング・シュテュッツェルによって考えられ、彼の本「Paradoxa der Geld- und Konkurrenzwirtschaft(競争ベースの金融経済のパラドックス)」と「Volkswirtschaftliche Saldenmechanik(経済学の残高機構)」で発表されました。

 国民経済の中の負債の占めるシェアについては、過去まで遡って世界的に横断してバランスシートとして把握できるデータはあんまりない、というか全然ないと思う。もし、そういうデータベースを知っている人がいたらすごく教えてほしい。一番近いのはピケティの資本のデータだけど、それは国民経済の自己資本を対象としているので、ちょっと違う。今、調べているのは世界銀行のこのデータ「Global Financial Development」。これだとプライベートセクターの負債が、銀行からの借入とノンバンクからの借入が分けられていたりして、かなーり興味深い。興奮できるデータだ。

 また、「資本の世界史」の話に戻ると、信用による借入金が成長を促進した、という言い方があるけれども、ちょっとわかりにくい。バランスシートベースで考えると、負債のマイナスに対応しているのは投資された固定資産や設備という長期的に減耗していくプラスの資産だ。興味深いのは、国民経済の中ではこの「固定資産」や「設備」などの費目として計上される資産だけでなく、その生産者への賃金として「流動資産」も積み増されることだ。そこが、バランスシートに不思議なインパクトをもたらすのかもしれない。
 逆に、サービス業だと支払われた貨幣は「減価償却」の項目に入ってバランスシートを膨らませたりしない、ということに注目。
 そうすると、公共投資が通常は建築物の構築を通じてなされることが多かったことの理由がある程度は分かるかもしれない。つまり乗数効果と呼ばれていたものは、経済の連鎖反応のことではなくて、バランスシートの中で償却に時間がかかるということに大きな意味があったかもしれないからだ。この辺は仮説の一つとして・・・。

 「資本の世界史」自体の結論部分の惜しいところは、金融資本主義批判みたいな感じになっているところかも。どちらかというと、労働の価格が重要で成長の原動力という論点から、バランスシートに与える金融資本主義の影響に話を転じて、実証的にバランスシート経済学を展開したらよかったのに、と思ったけど、そんな思考の潮流は今の世界にはない。

 あと、日本の経済についてはバランスシート的には、たぶん固定資産特に不動産価格の低落と一部の商業地高騰の二極化が重要。そうして、うまいこと流動資本比率が向上してバランスすると、投資資本の行き場喪失と労働人口減少が掛け合わさって、「事業投資」ひいては「労働生産性向上」という忘れられていたテーマが復活する局面が出てくるんじゃないかと思っているけど、数字でまだ示せない。日本経済の尽きない興味深さは、人口減少局面において不動産価格が低落傾向を続けるんじゃないかという点だ。この場合、資産保全目的での不動産投資は、投資家の目的を果たすキャパシティを国民経済の中に持っていない。同時に労働人口が減り続ける場合、本質的な乗数効果を持つ「労働生産性向上」にシフトする以外に資本の行き場はないように思える。もし、それ以外の意外な逃避先があるのであれば、それもまた興味深い。

 この興味深さは、世界が今後辿ることになる道程を、日本がいち早く示すことになるという点でも言える。実験としての価値を高めるためには、このまま人口減少が加速にするに任せてみるのがケースとしては面白い。人口が嵩上げされてしまうと、この先行性が損なわれる・・・。皮肉ではなく、このまま推移を見てみるのが良いと思う。結果も悪くないように感じている。

 人口は制限されなければ幾何級数的に増加するが生活資源は算術級数的にしか増加しないので、生活資源は必ず不足する  人口論

ので、人口が減少すれば、生活資源は必ず充足する。