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中村拓志×岸勇希 ぼくらの「コミュニケーションデザイン」 20100509 メモ

中村拓志×岸勇希 ぼくらの「コミュニケーションデザイン
中村拓志|微視的設計論」刊行記念トークショー

http://eventpage.jp/488014

に行きました。所要で遅れたため、19:30-20:30での段階でのメモです。
意訳されているため、正確なメモではないです。悪しからず!
とても面白い内容でした。


プッシュからプルへ
広告も建築も押しつける方向から顧客が引き寄せるものへ変化している。小さい行為を起こさせるものを追求する。能動性を引き出す。能動的に関わるときに顧客が価値ある体験をする。
生活者といかに関係性を持つか。内発的なものを引き出すのか。全体的なものへの不信感がみんなの中に広がってきている。みんなでご飯を食べて楽しい、という喜び、その小さな行為喜びで社会を作る。それをボトムアップ型の社会として提唱している。
最期のワンピースはお客さんからもらう。生活者からもらう。それが良い悪いは別としてみんなに好まれるものになってきている。

建築も広告もある感情やある答えを予定して味わうために作られるのではない。答えはお客さんが作るもの。一つではない。そのための余白を作る。作品はあらかじめあるのではなく、身体と作品が協同する。

作り手→受け手のコミュニケーションで完結するのではない。受け手がアクションを起こし、そこから外へ外へと広がっていくのでなければ意味がない。

今、広告以外で多くの声がかかる。地域の活性化などとても多い。そこで言われるのは、中身はなんでもいいということを実感する。ともかく、どこでも求めてるのは「人」。「人と人とのコミュニケーション」を豊かにしたいという要望がとても多い。
そこで「近接性/滞在性」という概念が大切になる。建築においては、対象と近いこと、対象と長く過ごせること、が愛着につながる。
たとえば、ドラマでも短い10分のドラマを繰り返し毎日流すことで、愛着を生み出すことができる。回数の多さが情報の場合では、近接性、あるいは滞在性というものに繋がるのでは。


デジタルと建築という領域は未だ未開拓な領域である。
この可能性はこれからもっと追究されていくのではないだろうか。


行為の誘発。
コミュニケーションデザインにおいて生活者の行為の誘発は大事である。初期のiPhoneでは、あえて光沢のあるボディが採用されていた。理由は指紋がつきやすいからである。指紋をふき取るという行為を誘発することで、製品との愛着を創り出そうと考えられていた。

コミュニケーションデザインのアイデアの源は「相手がどう感じるか?」をとことんまで考え抜くことである。
小さい行為を見つめ続けることから全てが始まる。生活者としてのクライアントがどういう行動をとるのか。レストランであれば、フォークの上げ下げの角度や所作まで、考え抜く。
愛着を持たれるために創り出すことは、一方では環境型権力と呼ばれる要素も持っている建築者は居住者に対して、ある意図を権力として及ぼすことになる。その罪深さは感じながらも、生活者としての視点に立つことで作り続ける。


人に対するインサイトの発見の仕方。
(岸)全ての人に対する強力な妄想力を磨いていく。この会場の全ての人の妄想での恋愛話で200時間は話せる自信があります。その妄想力の基礎トレーニングとして毎月、女性誌を17冊読破するなどもしている。ともかく人に対して、何をしているのか、どこに住んでいて、趣味は何で、家にはどんな家具があるのか、細部に至るまで想像できているか。中村さんから青山の木はどれも顔が見えると言われて気持ち悪かった。
(中村)そうですね。変な着眼点は持っていますね。
(岸)それぐらい妄想力を高めていくことが大切。


その妄想力は何で培われるか。
(岸)完全に仕事です。仕事をしてから、意図的に訓練してきた。
他の人よりもそのことはすさまじく考えている。その自信はある。秘訣は、訓練とたくさん用意すること。
1000個のインサイトを考えて、1000個デバイスのことを考えたら、どこかで、確立は低くても結びつく。接続率は低くてもいいから日頃から考えつつづけること。秘訣はそれだけです。その人になりきる。


ユニバーサルデザインをどう考えるか。
(中村)ユニバーサルデザインは人が使うときに負荷を減らしていく方向だが、負荷はある程度かけていこうと思っている。それが気持ちのデザインにつながると考えている。
(岸)5人いて5人が笑うものではなくて、5人中1人が爆笑するものを目指している。100点をとる考え方には興味がない。たった一人に120点で突き抜ける考え方をしたい。ある特定のだれかをどう魅了するのか、ということから始まる。その一人、たった一人の人間から始まる。フォーカスしすぎて一般性がなければ、少しづつ広げていけばよい。まずは、フォーカスすることから。
(中村)そういう考え方は、社会の消費行動の変化が反映されているのでしょうね。
(岸)そうですね。それで言うと中国のマーケットはマスの考え方と、個が混在していて面白い。だが、中国での勝ち方はとても難しい。


情報技術をいかに微視的なものとつなげいくのか。
(岸)デジタルは皆さんの声を聞くことに使っている。
 「Mr&Mrsスミス」のプロモーションの際には、600万ぐらいのブログの形態素解析を実施した。ブラピではなく、アンジョリーナ・ジョリーに「格好いい」というキーワードがくっついてることが判明した。そのため二週間で全ツタヤの店頭でのポップなど見せ方を入れ替えるなどを実施した。ただ、デジタルはベースの技術ではあるが、それだけではない。

 デジタルは感覚的なものとして使えるようになっていて欲しい。たとえば、絵本の中で、今、このページを同時に世界で見ている人は何人いる、というようなことをしたかったが技術的に困難だった。デジタルは使いこなす方向で使うべき。デジタルサイネージで家の壁一面を覆うというようなことは意味がない。あくまでも、小さな行為を発動するもののひとつとして考えるべきではないか。

後の質問で少し岸さんがおっしゃられていたこと。コンテンツが今後のキーとなると考えている。
この部分、もう少し伺いたかったのですが・・・。また何か機会があれば・・・。