「簿記と会計の再発明」 のための基礎を考える(1)

 簿記と会計の再発明ができるのでは

 Joichi Itoさんが書いた「簿記と会計の再発明」 が面白くて、簿記と会計で何を実現させると面白いのかをずっと考えている。

複式簿記は700年間変わっていない。今日のコンピュータ、ネットワーク、暗号技術を使えば、21世紀のための会計システムを構築できる 

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 Joichi Itoの主張をカンタンに言うと、イマの経済は新しく変化してるのに、複式簿記=バランスシートって超古いよね700年前からおんなじかよ、そろそろ真新しい仕組みに変えようぜ。ということを言っている。

 バランスシートは単純すぎて、現実の複雑さに対応してないし、バブルが起きても外の人が会計報告見てこれ価値ないとかあるとか判断することができないし。そもそも全部の取引を記録して誰でも見られるようにしたら架空の売り上げとかも計上できなくなるし、自動的にプログラムにも適正会計か判断させられてカンタンじゃないですか。さらに言えば、人によって価値はどんどん変わるんだから、ひとつの価値にまとめずに数式でプログラム書いて組み込んでもいいんじゃないの、と主張している。

 そういう問題提起に対して、会計=簿記のシステムそのものがどのように暴走しているかをより深堀して考えてみるのが今回の記事の趣旨です。

 

 いったい何を解決したいのか(この経済で良かったねとみんなが思う条件)

 会計=簿記を変えることは出来そう、そして価値の単純化の弊害も確かにあるように思う。だけど、大切なのは古いかどうかとか単純であるかというよりは、会計と簿記が経済の全体の中で果たしている役割を見定めて変えていくべきポイントを知ることではないか、と思いました。

 何で、新しいバランスシートを作りたいのかというと、バランスシートが私たちの経済活動を正しく記録していないからで、経済活動が正しく記録されると今よりも経済活動がより良くなるのだ。では、どう良くなるのか??

 まず、私たちの日々の経済活動とはもともと何なのか、という、超当たり前のことを確認したい。経済活動というのは日々の生活を成り立たせる、「仕事(生産)・生活(消費)活動のすべて」。そして、その循環が続くことで、「食べていけるなー」「生きていて良かったなー」と思う人がどんどん増えることが経済活動を続けていく目的だろうと思う。

 と、いうことは「食えないなー」「生きていて最悪だ」と思うような結果を生む経済活動は、なるべく減った方が良い。この二つの原則が、当たり前すぎて申し訳ないが経済活動の目的なんではないか。

 

 経済活動が良いと判定できる2つの条件

  1. 生きていて良かったなー、と思う人が増える
  2. 生きていて最悪だわ、と思う人が減る

 

 だから、失業は少ない方が良いし、飢餓は防ぎたいし、健康を害する病気は防ぎたいし、住環境は安全で快適であってほしいし、戦争は良くないし、大金持ちが貧乏人の取り分を巻き上げるのも良くないし、環境が破壊し尽されて食べるものが何もなくなるのも良くないし、そもそも景気の変動とかもない方が安定しているし、子育てを安心してしたいし、高齢になったりやむを得ずリタイアしても充実した生活を送りたいし、生産性は上げていって宇宙に人類大帝国が作れるくらいの生産力を備えたい。

 でも、これらは現象であって仕組みではない。現象が嫌だから法律や制度でどうにかしようとすると、裏側の仕組みが思いがけない動き方をして最初の目的を達成できないかもしれない。

 

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 経済の「現象」と、その現象をつくる一つ一つのパーツである「仕組み」と、それらが絡み合っている「経済全体」とは別のものだよね、というかそう考えてみると良いかもしれないですね、という図になっています。そして、私たちが考える経済に対する「評価」もまた、個人毎に状況毎にぜんぜん違います。

 でも、これではやや分かりにくいので以下のように変えてみます。

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 経済活動を一つのゲームシステムとして考えてみると、簿記・会計とはつまり「ゲームスコア」の仕組みとして機能しているんだな、と捉えることができる。それは、つまりどういうことなのか。

 

 ゲームシステムとしての経済

 経済というゲームシステムの中で活動する人は、主観でゲームそのものの楽しさを判断するけれど、客観的にはスコアというゲーム内評価で自分の上手さを把握する。つまりプレイヤーの「自己評価」を左右する仕組みだといえる。

  活動の良し悪しに応じて他のプレイヤーからもらえるアイテム「お金」がある。でも、お金には絶対的な価値があるわけではなくて、お金自身の価値も日々変わっていく。お金と膨大なアイテムをスコアとして記録するために、簿記というシステムもある。自分がスコアの記録をしていなくても、影響力のあるプレイヤーは大体が記録しているので、スコアの価値は自分が記録するかどうかに関係なく変わっていく。スコアが高くないと強いアイテムが買えないので、スコアを高くすることは大事。スコアがマイナスになると破産とされてゲーム内で不利になったりする。

 このゲームでは、「交換」というアクション以外はできない。ひたすら、自分の持っているものや時間を何かと「交換」し続ける。そのためにプレイ画面で、アイテムを入力して、代わりに何かを受け取る。これは市場と呼ばれている。

 そして、この「交換」に対して色々とルールを作ったり止めたり、何かをとても高い値段で強制的に買い取ったり、タダでものを配ったり、手数料を集めてアイテムをプレイヤーに配りなおしたりして、プレイヤーのモチベーションを保っているのが「運営」だ。運営をする人は、プレイヤーの互選で決まっていて、公平になるように定期的に選挙をしなくてはいけない。強いプレイヤーが過度に勝ちすぎると他のプレイヤーのテンションが下がりまくるので、運営はいつも「交換」に介入して、負けすぎている人にアイテムを配ったり、レアアイテムをプレゼントしたりしてゲームが過疎にならないよう努力している。

 最も大切なのは、このゲームの「交換」をする時に、プレイヤーが努力しないといけない仕組みになっていることだ。ただ交換ボタンを押しても大したアイテムは手に入らない、他の人が欲しいと思っていたアイテムを探してきたり、作りだしたりすることで、たくさんのスコアを得られるようになっている。

 ここがゲームの肝の部分で、何をすれば「良いアイテム」として評価されるのかに定石の攻略法が今のところはない。だから、プレイヤーはなかなか飽きが来ないのだが、あまりに勝てないとゲームを罵るようになるので運営の腕が問われる。

 さらに、プレイヤーが作ったアイテムを使って他のプレイヤーはさらに新しいアイテムを作ったりもできる。だからプレイヤー同士でどんどん、より良いアイテムを作り出し続けることも可能。そうすると、同じ努力でもたくさんのアイテムを作り出せるようになる。プレイヤーは、よりたくさんの優れたアイテムを使って遊んだりコミュニケーションをとったりできる。

 こうして強いプレイヤーは「このゲーム、頑張れば頑張るほど良いアイテムもらえる。すごい楽しい。」と思うようになるし、評価が低いプレイヤーですら今までのアイテムよりも改良されたアイテムを次々と提供されて楽しい。しかも、スコアも高得点になっていくので、ランキング上位になれば自尊心も満足するし、ならなくてもいつかはスコアが高まると夢見てさらにゲームに打ち込むようになる。*1

 

  当経済ゲームモチベーション維持の課題 

 さて、このゲームの肝は、

 プレイヤーのモチベーションが高くないと良いものが提供されない 

   というところにある。では、どうしたらプレイヤーに気持ちよくイノベーションをずうっと続けていただけるのか。モチベーションを阻害するものとして以下の2つが指摘されてきた。

 

 ゲームモチベーションが下がる2つの失敗

  1. 運営が交換じゃなくてお金を重視し過ぎてプレイヤーのテンションが下がる
  2. プレイヤーがお金を心配しすぎてテンションが下がり始めたときに運営がアイテムやお金配ったりせずに放置するので、テンション低下が止まらない。

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 1の間違いについては、アダム・スミスが言いだしたことで輸出に補助金をつけたりしていると、プレイヤーが頑張らなくなるので良くない。さらに、当時の運営の間違いにいちゃもんつけた。その頃は運営が手持ちのお金を貯めこんでおいて他の運営チームよりも有利にゲームを運ぼうとするのが流行っていたが、それをやるとプレイヤーの満足感が下がるのでやめなよと指摘。むしろ、運営は手持ちのお金を手放してプレイヤーが欲しがるアイテムを大量に他の運営チームから手に入れて、自分のとこの余っているものを売れば、全体として良いものが行き渡って、ゲームが面白くなるじゃんと言い切った。しかも、プレイヤーが活気づけば運営のスコアも高まるので問題は長期的にはなくなる。

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 2の間違いについては、元祖ヘッジファンドトレーダーのケインズが言いだしたことで、運営がなるべく口出ししないことを良しとしていると、ゲームが盛り下がっている時には良くないんじゃないかという指摘をした。当たり前のような気がするけど、実際に世界大恐慌の時には、放っておきすぎて実際にプレイヤーのテンションが下がり過ぎた。

 ケインズはこのゲームでは、テンションがお互いに高い時は、アイテムを作ったり交換したりを自信を持ってみんながやるのに、何かをきっかけに自信をなくすと急にオドオドして内気になりアイテムやお金を貯めこんで家を出なくなることに気づいた。

 特にお金を貯めこんでしまうのが困りもので、アダム・スミスは運営がお金を貯めこんでプレイヤーが交換するのを止めることを批判したけど、ケインズが見たのはプレイヤーがお互いに不安をぶつけあって、どんどん交換を自発的に止めてしまうという世界集団引きこもり現象だった。そんな時は、運営が自腹を切ってみんなにどんどんお金を渡して、飲み会をやったり、イベントや勉強会を開いてまずは家を出て自信を付けさせて、テンションを上げないとヤバイと力説、したんだけど、あんまり周囲の理解は得られなかった。

 あげくのはてに何や知らんけど景気悪いから戦争だ!と引き込もりが中2病を経てヤバイ世界系妄想を直せないまま過剰に社会復帰し過ぎたかのような第二次世界大戦が勃発してしまう。

 まとめると、このような感じに。

 

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 二人が指摘したのは、仕組みの中の二つの部分でモチベ低下が起きるということである。一言でいうとお金のことが心配で貯めこむということだ。プレイヤーは、スコアが伸びないぐらいなら、今のままで良い、何も新しく始めたくないと思うことがある。

 ゲームモチベーションが下がるのは「何らかの原因でお金のことが心配になってテンションが下がり、交換を諦めてスコアを維持しようとする

 ということだと言える。だけど、二つの仕組みに対応しているだけではスコアシステム自体が起こす問題に対処できない。スコアシステムが暴走する可能性はあまり指摘されていない。

 

  (続きます。) 


*1:余談だけど、わりと運営側として重要なのは、結果としては勝つプレイヤーは少なくても、誰もが勝てたり必要とされているというメッセージを出し続けることかもしれない。定石が分からないので、嘘というわけでもない。